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稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑪

 あの日・・、事件の日の事をカナは思い出していた。真奈の手を握り外階段を昇った。この場所から二人でやり直したいとカナは思っていた。真奈がカナに言った。

「ママ、ここは?」

「う~ん、もしかしたらね、ここにお引越しするかもしれないの」

「お引越し?真奈とママと、お兄ちゃんも?」

 真奈の言葉にカナはドキッとした。お兄ちゃんとは吉井貫の事だ。

「ううん、真奈とママだけ。お兄ちゃんは来ないの。ねえ真奈、この話はお兄ちゃんには絶対言っちゃダメだからね」

「そうなの・・。ママはお兄ちゃんと一緒が良いでしょ?」

「ううん、ママは真奈が居ればいいの」

「あのね、ママ。真奈は大丈夫だよ」

 真奈はそう言うとカナの手を強く握った。その小さな手をカナは愛おしく思った。4歳の子供が、全く駄目な母親である自分を気遣ってくれていることが、苦しいほど分かった。4階の踊り場に三輪車が置いてあった。カナはこれからの事をぼんやりと考えていると、その間に真奈は三輪車を足台にして、手すりによじ登っていた。カナが気づいた時、真奈は手すりにまたがっていた。危ないと思った瞬間真奈が言った。

「ママ、見て。お空を飛べるよ」

 真奈をつかもうと手を伸ばしたが一瞬遅く真奈が落ちて行った。後何センチだろうか、ほんの一瞬の出来事だった。スローモーションのように転落していく真奈。

 

 カナは法廷で号泣した。声を出して泣いた。氾濫した川の様に涙があふれ出て、留まるところを知らぬように泣き続けた。しばらく誰もカナに声をかけることが出来なかった。

 どのくらいの時間が経ったろうか、カナがひとしきり泣いた後、伍銅が話し始めた。

「カナさん、今思い出す真奈さんはどんな顔をしていますか?」

 伍銅の質問にカナはかすれた声で答えた。

「思い出せないんです。ぼんやりしていて、真奈が死んでから真奈の顔がはっきりと思い出せないんです。泣いているのかもしれません。落ちて行く真奈のシルエットははっきり覚えているのに、顔だけが不思議と思い出せないんです」

「カナさん、辛いでしょうね。でもあなたはある意味被害者でした。聡明なあなたが、もし一般的な家庭に産まれ育ったなら、今とは全く違う人生だったでしょう。しかし子供は親を選べない。あなたは自分の運命を呪いながらも真奈さんを産んだ。自分と同じ思いをさせないようにと、必死に愛情を注いだ。あなたは愛情に枯渇していた。だから真奈さんに愛情を注ぐことで、自分の枯渇している心を満たしていたんです。でもそんな大切な娘に結果辛い思いをさせてしまった。自分はあの母親と同じなのだと思った時、あなたの体は絶望感に襲われたでしょう。負の連鎖から抜け出せないんだと。自分の様な人間は、母親になる資格は無いのだと。でもね、カナさん。真奈さんはあなたの娘に産まれた事、あなたからあふれんばかりの愛情を注がれたこと、十分に分かってますよ。あなたは全てを封印して刑に服しようとしているようですが、それではあなたと真奈さんが産まれて来た意味が失われてしまう。もっと自分を大事にして下さい。真奈さんを心の限り愛したことに自信を持って下さい。子供は親を選べないと言いましたが、もしもう一度この世に産まれ落ちる事が出来るなら、真奈さんはきっとまたカナさんを母親に選ぶと思いますよ」

「真奈に会いたい・・・」

 カナは絞り出すように言うと再び泣き出した。しかし今度の涙は静かに降る雨の様に染み渡るような涙だった。

「裁判長、今回の事故に殺意はなかったと僕は思います。その事が証明できるかどうかは別ですが、カナさん自身は刑が軽くなることを望んではいないでしょう。ですが、不幸で劣悪な環境に産まれ育ったカナさんに、どれ程の生きていく選択肢があったでしょうか。それでも懸命に娘を愛し育て、そして傷つけた。これほど悲しい女性がいるでしょうか?世間が作り上げた、若い男に夢中になって、4歳の我が子を転落させて殺害した女では無い事をどうぞ分かって下さい」

 しばらくカナの押し殺したような泣き声が法廷内に響いていた。時を見計らったように裁判長が口を開いた。

「殺意の有無、吉井氏によって撮影されたとする被害者の画像の信憑性など、再度証明・審理する必要があります。今日はこれで終了とします。最後に、被告人へ一言添えたいと思います。あなたには黙秘権があります。自分に不利になる証言はしなくても良い権利です。ですが、やはり正直にすべてを話されたほうが良いかと思います」

「はい」

 裁判長の言葉にカナは素直に返事をした。

 

 後日、カナは業務上過失致死罪で5年が求刑された。達也がその事を伝えに僕の所にやってきた。

「伍銅ちゃん、ありがとう。やっぱお前に頼んで良かったよ」

 達也が僕の事をちゃん付けで呼ぶ時は、何か企んでいるか照れている時だが・・・、僕は達也の顔を見て、ははあん、照れてるのか・・。と気づいた。

「今日は俺の礼とは別に、中野カナの言葉を伝えに来たんだ」

「そうなんだ・・、で?どんな言葉かな?」

「出来る限り正確に伝えるよと言っても難しいから、預かった手紙を渡すよ、読んでみて」

 達也は白い封筒を僕に手渡した。

 六条 伍銅様

 まずは、今回は本当にありがとうございました。自分の存在、真奈を自分の子供として産んでしまったこと、全てを否定し恨み、苦しみ、もがいていました。いえ、もうもがくことさえ諦めていたのかもしれません。ただ、ひっそりいなくなってしまいたい、消えてしまいたいと思ってました。それが、先日六条さんに、真奈は又産まれるなら、私を母親に選ぶと言われて、心から真奈に申し訳ない気持ちと、でもそれ以上に愛おしさと喜びでいっぱいになりました。不思議なんですが、今は真奈の顔を思い出せるんです。その顔が笑ってるんです。私もう一度大学受験を目指してみようと思います。そして、いつか劣悪な環境に置かれている子供や母親のために、何か出来ないかと考えてます。私のような、真奈のような子供を救いたいです。それが出来たなら、私と真奈がこの世に産まれた意義があると信じています。

 六条先生、どうぞお元気で。

                          中野 カナ

 

 手紙を読み終えた僕を達也は満足そうに見つめた。この先、中野カナが立ち直ってくれることを僕は祈った。これが僕の初めての事件だった。

      

 

 

稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑩

「お名前を」

 達也が僕に言った。

「六条伍銅です」

「お仕事は?」

「心理カウンセラーです。大学の非常勤講師も務めています」

「裁判長、今回心理カウンセラーである六条氏が、事件の裏に潜む被告人の心理面を分析してくれます。後は、宜しくお願いします」

 達也はそう言うと、僕に軽い目配せをした。久しく感じる事がなかった緊張感が僕を包んだ。僕は中野カナを見て話し始めた。

「中野さん、あなたは自分のせいで真奈さんが死んだ、だから殺意があろうがなかろうが関係ないと思っていますね。ただ、真奈さんのために罪を償うだけだと」

 カナは一瞬僕の方を見たが、すぐにうつむいてしまった。僕は話を続けた。

「これから僕が話す事は、カナさんにとって苦しいものになるかもしれません。ですが、あなたと真奈さんの魂を救うためには、必要であることをご理解下さい。あなたは母明子さんが高校3年生の時長女として産まれた。父親は明子さんと同級生でしたが、結婚はせず認知もされなかった。明子さんはあなたを女手一つで育てたんですが、あなたと違い明子さんは母性に欠けている女性でした。明子さんは多数の男性と交際・同棲し、あなたはその都度辛い思いをしてきました。あなたが小学4年生の時、明子さんと当時同棲していた男性にレイプされました。そのことを知った明子さんは、母として娘であるあなたを守るどころか、あなたに嫉妬して罵った。あなたは激しい絶望と憎悪を抱いた。自分にとって父親のような年齢の男性に対する不信感と、母親に対する拒否感から、絶対に自分は母と同じにはならないと誓った。そうですね?」

「だから何なんですか?私の生い立ちを今更説明して・・・。思い出したくもない事です」

 カナは少し苛立ったように答えた。

「あなたには目標があった。あなたは学校の成績が良かったが、劣悪な環境のため高校には進学せずすぐに家を飛び出し、中学生の時からバイトしていた現在のパン屋で働いて自活した。お金を貯めて、大検を受けて大学進学することを考えていた。あなたは大学進学し生計の立てられる職に就き、できれば普通の結婚をし、平凡な幸せを手に入れたかった。そんな折、あなたが20歳の時知り合った当時大学生と恋に落ち、真奈さんを身ごもった。相手の男性の両親は結婚に反対し中絶を迫った。悩んだ末、あなたはシングルマザーとして生きる道を選んだ。自分が拒否する母と同じ道、でも自分は決して母のようにはならない、娘を傷つけたりしない、そう固く心に誓った。大学進学よりも娘を育てる事、真奈さんのためだけに生きる事をあなたは選んだ。そしてその通りにあなたはしていた。それは周囲の方々も証言してくれるでしょう。ただ、あなたは吉井貫と出会ってしまった。9歳も年下の高校生とふとした切っ掛けで接点を持ち、彼に母性と恋心を同時に持ってしまった。過去の経緯からあなたは、父親のような年齢の男性に嫌悪感を抱いています。その点吉井さんは自分よりずっと年下で、不思議と安心できた。真奈さんのためだけに生きようと決心していたのに、吉井さん心を奪われていく事にあなたは酷く葛藤したことでしょう」

「やめて、関係ないわ。彼の事は関係ない!」

 カナは立ち上がって、しかし顔はうつむいたまま強い口調で言った。

参考人、今の話の真意は何ですか?」

 裁判長が伍銅に尋ねた。

「ここはもう少しご辛抱して聞いて下さい。なぜこんな事件が起こってしまったか、彼女の深層心理を理解することが、事件の真相に繋がります」

 僕は、真っすぐに裁判長を見据えて言った。

「分かりました。どうぞ続けて下さい」

「ありがとう存じます」

 僕は再びカナに向かって話し始めた。

「あなたは、自分でも分かっていた。この恋愛が続かないことを。だから市営住宅に入居希望を出した。吉井さんと別れて真奈さんと二人で暮らそうと。あけぼの市営住宅は、片親世帯優先住宅ですからね。入居が決まれば吉井さんに行き先を教えずに別れるつもりだったのでしょう。そんな時、偶然あなたは大変な物を見てしまった。吉井さんのスマホに・・」

「やめて!やめてって言ってるでしょう!」

 僕の言葉をかき消すようにカナが叫んだ。周囲は騒然とした。

「被告人は冷静に」

 興奮してカナは裁判長に詰め寄って言った。

「この人は、関係ない事を言ってるんです。私は罪を認めてるんですよ!これ以上裁判なんて、する必要ない!早く私を死刑にして下さい」

 達也がカナを鎮めるように元の席に誘導するが、カナは興奮して動こうとしなかった。これまで自分の感情を抑えていたカナの高揚振りに、場内がざわついていた。係員が2名カナの両腕をつかみ静かに席に戻した。

 2~3分経過しただろうか。裁判長が僕に尋ねた。

「続けますか?」

 カナは席に座って首を横に振っている。

「はい。カナさん、辛い事ですが逃げないで下さい」

 僕はカナに向かって言った。

「吉井さんのスマホに真奈さんのわいせつな画像が撮られているのを見つけてしまった。彼は真奈さんのわいせつ画像を児童ポルノサイトなどで売って、小銭を稼いでいた。それを知ったあなたは・・」

「やめてって言ってるのに・・・」

 座ったままカナは震える声で僕に訴えた。僕の目に映ったカナは、怯えと憎しみの入り混じった表情であったが、どこかすでに諦めている様に見えた。

「裁判長、そんな事実は確認しておりません。吉井貫氏のスマホは紛失したままで、見つかってはいませんでしたが・・・」

 須田検事が声を上げた。それに対して、達也が答えた。

「この件に関しましては、吉井氏がサイトに投稿した画像、また購入者から画像提供があり、弁護側は発信元が吉井氏のスマホのアカウントと一致している事は確認できています。この後、証拠として書面で提出する予定です」

 達也のフォローの後、僕は話を続けた。

「カナさん、あなたはその事を知り、愕然とした。結局、自分も母と同じく自分が関係を持った男に娘を傷つけられてしまった。いや、傷つけたのは自分自身だと。自分の娘に産まれなければ、こんな思いをさせずに済んだのに・・・。かつて母明子さんの子として産まれた事を呪ったあなたは、全く明子さんと同じ種類の人間だと悟った。自分が母親になる資格が無い人間だと、そう思った。あの事件の起きた日、あなたは仕事が休みだった事もあり、真奈さんと二人で出かけた。朝方、吉井さんのスマホをデータ修復が出来ないように叩き割って川に捨てた。それは真奈さんの秘密を守るためですね」

 カナは黙って聞いている。

「吉井さんが高校へ行った後、あなたと真奈さんは家を出た。公園で真奈さんと一緒に遊んだ後、あけぼの市営住宅に向かった。この時は真奈さんと二人でやり直す気持ちだったはずです。真奈さんと4階まで外階段を昇った。その踊り場には住人の三輪車が置いてあった。真奈さんに三輪車を与えてあげられていない自分にあなたは腹が立った。あなたはこの先が急に不安になった。今のままで真奈さんをきちんと育てていけるのか?真奈さんはまだ4歳です。自分が吉井さんにされた行為がどの程度理解できているか分からないが、物凄く心に深い傷跡を残してしまったのでは?自分が吉井貫とさえ付き合わなければ、こんな事にならなかったのに、とぼんやり遠くを眺めながらあなたが考えていると、その間に真奈さんは三輪車を台替わりにして、手すりによじ登っていた。気づいたあなたは、危ないと思い手を伸ばした時、真奈さんは誤って転落してしまった」

「わー!真奈、ごめんね、ごめんね」

 カナが泣き叫んだ。

「その時、真奈さんはあなたに何か言ったはずですが?」

「真奈は私に・・・、『ママ、真奈は大丈夫だよ。見て、お空が飛べるよ』って・・」

 カナは泣きじゃくっている。まだ4歳の子供が、でも子供なりに母親を慮って言ったのだ。

稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑨

          初公判

(*実際の裁判状況とは異なります)

 初公判の日を迎えた。事件は世間の注目を浴びて居る事もあり、マスコミも多く傍聴席にいた。検察側が淡々と事件のあらましを説明した。検察官は40代前半の女性だった。

「被告人中野カナは、2012年10月17日水曜日午前10時25分頃、東京都S市あけぼの市営住宅の4階、外階段の踊り場から長女中野真奈を転落させ殺害した。この日は被告人の仕事が休みであり、長女も保育所を熱があると言って休ませ、二人であけぼの市営住宅へ行った。この市営住宅は、2か月前に被告人が入居希望を出しております。市営住宅は4階建てであり、外階段を使って二人は4階まで上がった。4階の踊り場で、階段の手すりに長女を座らせ背中を押して転落させた。長女は即死状態で、救急車で救急搬送された先の病院で死亡が確認された。殺害の動機は、被告人には訳半年ほど前から17歳の高校生男子生徒と交際しており、半同棲状態であった。その男子生徒との交際に、長女が邪魔になり殺害した」

この日、グレーのスウェット上下を着たカナはうつむいて静かに話を聞いている。

「あなたが娘の真奈さんを突き落として殺したのですね?」

 カナははっきりとした声で答えた。

「はい。」

「あなたが真奈さんを手すりに座らせたんですか?」

「・・はい、そうだと思います。」

「自分で抱きかかて、転落させる目的で座らせたんですか?」

「いえ、真奈が空を飛んでるみたいだねって、言って。そばにあった三輪車のサドルに立ち上がって、手すりを鉄棒の様によじ登るようにしながら、私に手伝って欲しいと言ったので、座らせました」

「最初から殺すつもりで?」

「いいえ。でももう死んでしまったので」

 カナは涙も見せず、空虚に言葉を発していた。

「あの日、なぜあの場所に行ったのですか?」

「仕事が休みだったので、もしかしたら住めるようになるかもしれない団地を見に行こうと、真奈に言って出かけました」

保育所には熱が出たと言ったそうですね?」

 検事の須田は淡々と質問をしていた。

「そのほうが休みやすいと思ったので、深い意味はないです」

「いつ殺そうと思ったのですか?」

「殺そうと思ったかどうかは、正直分からないです。ただ・・・、真奈が手すりに座りたいと言うので、危ないと思いましたが、せがまれた通りに座らせました。その背中がふと動いたように思ったので捕まえようと手を伸ばした時、真奈が落ちてしまって、現実なのか分からなくなってしまって、その場に座り込んでしまいました」

「では、不慮の事故だということですか?あなたは調書では、邪魔になった娘を転落させて殺害したと供述していますが」

 検事は語尾に少し強さを秘めた声で聞いた。裁判当日に自供を翻す被告人はよく居るので、さほど驚きはしなかった。しかし、その質問に対するカナの答えは意外なものだった。

「事故か殺人か、私にはどっちでも、どうでも良いんです。真奈が死んだ原因は私にあるという事です。ですから、殺したのか?と聞かれれば、はいと答えます。背中を押したのかどうか、もしかしたら押したのかもしれません。私は、真奈の死に責任があり、その責任を負うつもりです。どんな罪でも構いません。いっそ死刑にしてくれて構いません。ですから、一日も早く結審して、終わることを望みます」

 傍聴席がざわついた。カナは表情を変えない。

「ではなぜ責任があるのでしょう?若い男との生活に、娘が邪魔になった?」

「・・・・いえ、はい」

 少しカナが躊躇した。カナに須田が再度確認した。

「違うんですか?」

「そうです」

 伍銅は、この時カナの動揺を感じ取った。

「それでは、あなたは心のどこかで、長女の事を邪魔に感じていた。二人であけぼの団地を見に行った時、若い男と二人の生活を思い描いたのではありませんか?その時、真奈さんが手すりによじ登っているのを見て、うまく誘導し手すりに座らせ発作的に背中を押して転落させたのではないですか?」

 須田の言葉に達也が手を挙げた。

「裁判長。憶測の意見にすぎません」

「どうですか?原告代理人」

 須田はゆっくりと裁判長を向いて答えた。

「殺意があったかは重要な事柄です。我々原告側は、被告人には殺意があったと認識しています。被告人はこれまでシングルマザーとして長女を育ててきました。長女を出産後、男性との交際はなく、つつましくも懸命な子育てをしていたと周囲の評判でした。その被告人が9歳も年下の高校生と恋に落ちた。無防備な恋は被告人から母の部分を失わせ、女の部分を表面化させてしまった。まだ自分は若い、やり直せる、そうした思いが徐々に長女を邪魔な存在にしてしまった。これまで被告人親子に陰ひなたで支えてくれていたパン屋の店主夫妻が、高校生との交際を危惧して被告人に注意したようですが、全く聞く耳を持たない状況だったと答えています。被告人は自分と高校生との交際を周囲に反対されていると思い、そのことが更に恋心を可燃させた。長女さえいなければ、その思いが今回、現場となった市営住宅の4階の踊り場で転落させる機会が訪れた。そこで発作的に殺意を持って転落させたと考えます」

 須田検事は、話し終えると自席に戻った。わずかな沈黙の後、裁判官が言った。

「弁護人からは何かありますか?」

「はい。質問をいくつか」

 達也は立ち上がるとカナに近寄り話し始めた。

「あなたが真奈さんを殺したんですね?」

「はい」

「あなたが、真奈さんの背中をその手で押して、4階から突き落として殺したんですね?地面に叩きつけられると骨折や、内臓破裂、頭が割れることもある。それを覚悟であなたが真奈さんを突き落としたんですね?」

 強い口調で話す達也の前でこの日初めてカナが涙を見せた。両手で持っていたハンカチを握り締め、肩を震わせてこらえるように涙をこぼした。達也はわざと転落時の説明を一般的な言い回しで話したのだ。少しの沈黙の後、カナは答えた。

「はい。私が殺しました」

 その言葉は、カナの決心を感じさせた。そして傍聴席がざわつき、記者達はペンを走らせた。

 達也は軽く首を横に数回振り言った。

「裁判長、ここで参考人の出廷を願います」

 そうして僕は、弁護側の参考人として出廷した。裁判で一体僕に何が出来るのか?僕にとっても挑戦だった。大袈裟なようだが、六条家の次期家督者の意義を問われるようなものだ。

 

稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑧

 二人は、伍銅の家に着いた。達也はこれから幼児のわいせつサイトをあたる事にした。伍銅はもう少し、カナの心理状態を分析する事にし、二人は分かれた。別れ際に達也が言った。

「新しい情報が入ったら知らせるよ。今日はありがとう」

「他ならぬ達也様の頼みだからな」

 伍銅は少しおどけて答えた。

 

 自宅のカウンセラー室で伍銅はお香を焚いた。祖母がよく自分の部屋で焚いていたが、いつの間にか伍銅も気持ちを集中させたい時に同じ事をするようになっていた。椅子に腰かけ、背もたれに背中を預けて静かに目を閉じた。

 一体、どうするのが良いんだ?僕が選ぶべき道は?カナは自分の運命に抗おうとした。母性を持たぬまま母親になった自分の母を憎んだ。負の連鎖を断ち切れると信じていた。決して自分はそうならないと誓った。しかし結局母親と同じ、娘を苦しめる事しかできなかった自分に腹が立った。カナは真奈を突き落としてはいない。誤って落ちて行く真奈に手を伸ばしたが届かなかった。でも、もうそんな事は今のカナには関係ない。真奈の死は自分のせいだと思っている。不慮の事故だろうと故意の殺人だろうとカナには、真奈が死んだことには違いがなく、自分の刑が軽くなる事なんかは望んでいない。真奈がわいせつな写真を撮られていたことも公にしたくないと思っている。すべてを闇の中に隠して、この事件も自分の事も真奈の事も、すべての人の記憶から消してしまいたいと思っている。この事実を明るみにして一体誰かが救われるだろうか?僕の能力は、何に役立つんだ?カナは聡明な女性だ。もし普通の家庭に産まれ育ったなら、普通に幸せな生活を送れていただろう。それが望まれずに産まれて、劣悪な環境で育った。それはカナの責任ではなく、どうする事も出来ない運命だった。抜け出せない負の連鎖。カナと真奈の魂をどうやって救う事が出来るのだろう?僕の役割とは・・・。抑圧された無意識を開放し、本来の姿を取り戻させる事。そうしない限り苦しみを昇華することが出来ないんだ。たとえどんなに辛い出来事でも、事実を明らかにして心の膿を出し切らないと・・・。僕は深い海の中に沈んだかのように意識を集中させた。

 どのくらい時間が経っただろうか。後は達也からの報告を待つとしよう。その日僕は深い眠りについた。

 

 2日後、達也からわいせつサイトで、貫が投稿されている真奈の画像を見つけたと報告を受けた。僕はカナの初公判に弁護側の証人として出廷する事を伝えた。

稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑦

 伍銅が見る映像。それは、開かれた心の箱の持ち主が潜在意識の中に押し込んだ出来事をフラッシュメモリーのように、断続的に見える。まるで映画の予告編を見てるような感じである。映像の渦に巻き込まれるような感覚に陥る。カナが去った後でも伍銅はしばらく立ち上がることが出来なかった。どのくらい時間が経過しただろうか。伍銅が達也に向かって口を開いた。

「吉井貫のスマホはカナが叩き壊してすでにS川に捨ててある。そのスマホが見つかってもデータの修復は困難だろう。ただ・・」

「ただ?」

「サイトだ。幼児のわいせつ画像のサイトを調べてくれ。貫は真奈のわいせつ画像で小銭を稼いでいたんだ」

 驚いた達也は思わず椅子から立ち上がった。

「本当か?」

「ああ。まずは僕の家に戻ろう。車の中で説明するよ」

 二人は達也の運転する車で伍銅の居へに向かった。途中、伍銅がカナの深層心理について説明をした。

「カナは、子供の頃多分小学4年生くらいだ。その時母親の男にレイプされている。母親は男を責めるどころか、カナを罵った。娘を女として母親は認識していたんだな。嫉妬だよ。カナは父親のような年齢の男の性的暴力と自分を守ってくれない母親に、激しい憎悪を抱いた。決して、自分は母親のようにはならないと心に誓った。深い心の傷をカナは心の奥底に押し込めた。カナは自分の父親のような年齢の男性に嫌悪感を持つようになった。早く家を出ようと中学を卒業すると家を飛び出した。そして初めて恋をした大学生との間に真奈を身ごもった。結婚はかなわず、カナは悩んだ末シングルマザーの道を選んだ。普通の結婚と平凡な家庭を望んでいたカナだったが、自分にはそんな資格がないんだと思ってしまった。ただ、産まれてくる子にはありったけの愛情を注ごうと決めたんだ。実際、カナは真奈に出来る限りの愛情を注いでいた。それはカナ自身が全く愛情に渇望していた裏返しなんだ。カナは真奈に愛情を注ぐことで、自分の乾いた心を満たしていたんだ。そんな時、吉井貫と出会った。自分より9歳も若い高校生の貫に、母性のような愛情を注いだ。父親のような年齢の男ではない年下の貫には、安心感を感じられたんだ。もちろんカナだって貫との結婚なんかは望んではいなかった。ただ、真奈だけに生きて来た自分が久しぶりに女としての小さな幸せを感じていたんだ。真奈と貫の間でカナの心はゆっくりバランスが崩れかけていた。自分でも気づかないふりをしていても、真奈より貫への気持ちが強くなっていっている自分を憎んだり、さげすんだりカナの心は激しく揺れ動いていたんだ」

 伍銅の話を聞いていた達也が感心したように言った。

「なるほど、それで娘が邪魔になって殺したんだな」

「いや、違うよ」

 人差し指を額に当てて伍銅は話を続けた。

「真奈も子供心に母親の心の動揺には気づいていたんだ。母と娘だから分かる直感的なものだけどね。この揺れ動く母と娘にある重大な出来事が起こったんだ」

「えっ?さっき言っていた画像か?」」

「そうだ・・・。吉井貫が真奈のわいせつな画像をカナに内緒で撮って売っていたんだ。真奈もカナに言えずにいた。言うと母親が困るだろうと察していたんだ。ところがある日、偶然貫のスマホを見たカナがその画像を見つけたんだ」

「それは衝撃だったろうな」

「ああ。カナは最も嫌っていた自分の母親と何も変わらない、同じなんだと絶望した。母親の男にレイプされた過去を思い出し、抑圧されていた感情がカナを苦しめる。今度は自分が愛した男が娘の真奈を辱めている。やりきれなさがカナを襲った。カナは貫と別れるために市営住宅に申し込んだんだ」

「そう言う事か・・・」

 達也は車のハンドルを強く握りしめた。達也はこれまでのカナの事を思い出していた。4階建ての団地の外階段から4歳の少女が転落した。4階の現場には母親のカナが居た。真奈が落ちる瞬間を向かいの団地に住む主婦が目撃していた。子供が落ちてゆくのとカナの伸ばした右手が見えたと証言した。突き落とした手なのかはっきり断言できなかった。状況から子供が誤って落下したか、母親が故意に転落させたかだったが、カナがあっさり自分がやったと自供したのだった。警察にも弁護士の達也にもカナは一切申し開きをしなかった。それが達也に違和感を与えていた。自分が愛情を注いで育てた娘を、なぜ?どこか冷めきり、涙も見せないカナに或る意味怒りさえ覚えた時もあった。カナの本心に触れたくて伍銅に相談したのだった。

稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑥

 カナの心の箱。伍銅はその箱をまだうすぼんやりとしか確認できないでいた。心の鍵を見つけるどころか、その箱の形さえも見えないでいた。

「吉井さんとはどうして知り合ったんです?」

「・・・忘れました」

「彼がパンを万引きしたと聞きました」

「ふっ」

 ちょっと漏れるような息を吐き、カナの右の口角が少しだけ上がった。そして言葉を続けた。

「ご存知でしたら、聞かなくても良いじゃないですか」

「いろんな人に何度も同じ事を聞かれるのは、もう君も分かってるでしょう?」

 これまで黙っていた達也が言った。

「そうですね・・・、弁護士さん。私の弁護なんて適当にして下さい。貫とは、彼が数回店のパンを万引きしていたのに私が気づいて、ある日店の中を覗いていた彼を問い詰めたんです。最初は『知らない』とか、『金払えば良いんだろう』とか言って私の手を振りほどいて走って逃げてしまったんです。でもその日の夜、店が終わって帰ろうとしたら店の外に彼がいて、万引きの事、認めて謝ってくれたんです。そこで話を色々聞くうちに、だんだん気持ちが近づいて。不思議と年の差を感じなくって・・・」

「彼は何か悩みでも?」

 伍銅が静かに聞いた。その伍銅の言葉に少女のような笑みを浮かべながらカナは話を続けた。

「まあ、よくある思春期の悩みです。妹の方が成績が良くって比べられるとか、母親が見栄っ張りで、子供をアクセサリーのように扱って、自分の気に入りの息子であることを求められるって。ストレスで彼、学校で他の子をネチネチ精神的にいじめてたみたい。貫のせいで学校転校したり、不登校になった子もいたみたい」

「かわいそうに思ったの?」

「どうかなぁ。両親が揃ってて、普通の中流家庭でも心が寂しいってあるんだって思っちゃったのかな。こんな事話したの初めてです」

 不思議と柔らかな空気が流れていた。カナの心の箱が少し形を表して来ているように伍銅は感じていた。

「カナさんのお母さんって、どんな人だったの?」

「母さん?産んでくれただけ、最低の母親」

 穏やかだったカナが吐き捨てるように言った。

「随分お母さんの事であなたはご苦労したみたいですね」

 伍銅の言葉にカナは小さく頷いた。

「男をとっかえひっかえ、話したくない。母の事は・・・」

 中野カナが吉井貫に感じた母性。わが子真奈への母性。母への憎悪。事件はなぜ起きた?スマホはなぜ消えた? スマホの…なんなんだ。伍銅は案じていた。ぼんやりした箱を探り当てるように言葉を口にした。

スマホ、メール、ライン、写真、動画」

 伍銅がスマホに関するワードを言葉にしていた時、カナの顔が青ざめた。その時、伍銅もカナの心の箱を捉えた。薄暗い中で光が灯ったようにカナの心の箱が見えた。手が届くところに箱がある。あともう少しで鍵となるワードが見つかる。多分一つは写真、もう一つ言葉があるはずだ・・・。伍銅がさらに言葉を発しようとした時、カナが叫んだ。

「帰って」

「何を隠しているんです?スマホの中の写真。彼が、吉井貫さんが撮った写真に」

 伍銅の言葉をカナが遮った。

「もう帰って下さい。何も話す事はありません」

「・・・すいません中野さん。あなたを追い詰めるつもりではないんです。僕は、あなたが自分でも説明できない苦しみを、死んだ真奈ちゃんの魂が納得できるようにしたいんです。あなたは自分でも分かっている部分と、抑圧して封じ込めた自我の中でもがいている。いや、もうもがくことさえ諦めている」

「何が分かるの?私の?私は望んでなんかいません。私が刑を受けて、この事件と私の存在が世間から忘れ去られる事、それが私の願いです」

「あなたは、何を押し込めているんです?」

 カナに向けられた言葉のはずだが、伍銅は自分に問いかけた。目をつむり、今見えているカナの心の箱を意識下で両手に持ち集中した。

「カナさん、あなたは何を恐れているんです?自分は母親とは違う。あの女とは違う。娘に愛情を注いでいる。そんなあなたが恋をした。高校生に、年の離れた若い男。後悔したんですか?」

 伍銅の言葉にカナが両手で耳を塞いだ。

「いい加減にして!」

「カナさん!母と同じように恋をした自分に腹が立ったんですか?あの女と同じだと!」

「やめて!!」

 カナが泣き崩れた。その瞬間、心の箱の扉が開いた。鍵はスマホの写真とあの女と同じと言う言葉だった。心の箱が開かれた時、伍銅はその人の出来事を映像で確認することが出来る。そしてそれは余りに悲しい出来事だった。

 

稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑤

「事件が起きた4階建ての団地って?」

「ああ。現場の団地は市営住宅だが、低所得者や片親世帯などが入所している団地で、中野カナはその団地に先月申し込んでいたんだ。若い男と住むつもりだったんだろうが・・・。何せ、今のアパートは勤め先のパン屋の主人の持ってるアパートだ。高校生の若い男を連れ込んで、店主夫妻からそれとなく注意されていたのが、疎ましくなったんだろうけど」

 達也の話を僕は、立てた左人差し指を額に当てながら聞いていた。人差し指を額に当てるのは僕の癖らしい。

「だいたい、カナと高校生はどうやって知り合ったんだ?」

「はっきりしないんだが、どうも吉井貫が、パンを万引きしたのが切っ掛けらしいんだが。そのことで、カナが貫を問い詰めて、話を聞くうちに親しくなったと」

「その、吉井貫の家庭環境は?何か問題でも?」

「まあ、一般的な家庭だ。父親はサラリーマンで母親は保育士でパート。2歳下の妹がいる。貫の高校は市立Y高校でレベルは中の下。これまで学校で問題行動はない。時折高校へ遅刻する程度だった。ここ3か月はカナのアパートに週3回くらい泊まっている。親も何となく年上の女と付き合ってるんじゃないかとは思っていたようだが、今の時代携帯持ってるし、家に帰って来なくても学校には行ってるしで、あまり深く考えていなかったようだ。今回の事件も、女が勝手にやった事だとしている。まあ、実際事故が起きた時貫は学校に居たからね」

「で、スマホが無いんだっけ?」

「そうなんだ。吉井貫にも任意で警察が事情を聴いた時、すでにスマホがなくなっていたんだ。本人もどこで無くしたか覚えていないらしいんだが、学校の昼休みにカバンからスマホを出そうとしたら無くて、カナのアパートに置き忘れたんだろうと思っていたが、アパートのにも無かったという訳なんだ」

「そんなの携帯会社で位置情報を調べれば?」

「もちろんしたさ。でも位置情報はつかめないんだ。電源が切れているか、充電切れか、壊されているか・・・」

達也はそう言うと、首を左右に小さく振った。

「誰が?カナは?まあ、もちろん知らないと言ってるんだろうけど」

「その通り」

「ところで達也、僕はいつ中野カナに会える?」

 僕の質問にはっと我に返ったように達也が顔を上げた。

「じゃあ、力になってくれるんだな伍銅!」

 僕がうなずくのを見て達也が言った。

「早いほうが良い。実は明日の午後会う予定になっているんだ」

「分かった。お供するよ」

 

 達也が帰った後で、僕は目をつむり一人瞑想していた。一体中野カナはどういう気持ちで娘を突き落としたんだろうか。4階からわが子を突き落とす心境とは、どう言ったものか?殺したかったのか?自分も死のうとしたのか?男と再出発したかったのか?何もかも上手くいかない人生に嫌気が刺したのかも知れない。産まれた時から望まれていない人生。母性の欠如。将来への不安。社会への絶望感。カナの中にはどんな闇が広がっているのだろうか。まずは会ってみるか・・・。カナの心の箱の鍵を見つけられれば良いのだが・・・。

 

 翌日。達也とともに拘置所へ中野カナの面会に行った。

 現れたカナは、グレーのスウェットを着て、セミロングの黒髪は後ろに結ばれていた。化粧っ気のない顔だが顔立ちがはっきりしていて美人なのが分かる。事件のあらましとは全く印象の違う、知的な感じのする美人であることに僕は驚いた。カナも見覚えの無い僕を見て、戸惑った表情を一瞬見せたが、軽く会釈をしてうつむき加減に椅子に腰を下ろした。

「こちら、私の友人で心理カウンセラーの六条さんだ」

 達也が僕を紹介した。

「はい」

 カナの声は小さいがしっかりしていた。抑揚を抑えているようだった。僕は心の声や、その人に起こった出来事を映像の様に感じることが出来る能力のほかに、薄っすらとした霊感も持っている。カナの背後にはどんよりとした、しかし何かを訴えたいとする気配が感じ取れた。僕は直感的にそれは殺された娘の真奈であると確信した。真奈の訴えたい事、それが何か・・。僕は口を開いた。

「カナさん。こんにちは。僕は、真奈さんの魂を救いたい。ねえ、カナさん、吉井貫さんのスマホ、どこにやりました?」

 突然の僕の言葉にカナは驚きの表情をした。

「何の事です?」

「僕は、彼のスマホに秘密が隠されてると思っています。違いますか?あなたが真奈さんを殺すには誰にも理解しがたいような理由が潜んでいるはずです」

 伍銅の声は、澄んだ湖のような静かな響きを持っている。どこか真っすぐ染み渡るような声で、いきなり確信を突いた。伍銅の発言に達也も一瞬驚いたが、伍銅を良く知っている彼は、何もアクションを起こさなかった。動揺を鎮めるようにカナはうつむいたまま、握った両手を見つめてしばし沈黙した。そしてゆっくり口を開いた。

「六条さんですよね。私が娘を殺しました。吉井君は関係ありません。娘が、邪魔になったんです。吉井君と二人っきりになりたいとかではなく、私が子供を育てることが嫌になったんです。とにかく一人に、自由になりたかった。人生リセット出来ると思ったんです。ただ、それだけです。・・・あと、スマホ?私は知りません」

 カナはうつむいたまま、左手で右親指のさかむけをいじりながら答えた。