カウンセリングのビタミンC

生きるって過酷。でも楽しくありたい!

宮迫100万円。それが・・・・。

 雨上がり決死隊の宮迫氏の闇営業問題でのギャラが100万円だったことが明らかになった。この事で、更に批判が再燃している印象がある。宮迫氏を擁護するわけではないが、もう十分だと思った。テレビに出ているあれだけの著名な芸人さんだ。ギャラが100万円あっても、そうだろうなと思う。むしろ本来ある程度ギャラを取る人がノーギャラで反社会的勢力のパーティーに顔を出す方が問題だと思う。修正申告も済ませただろうし、NPO法人への寄付も終わらせている。

 今すべきことは、すべてを明らかにし芸人・事務所ともに悪いところを認め改善し、今後このような事のないように改革することが必要で、あいつはやっぱり嘘を言ったと、非難することではないと思う。

 人は嘘をつく。誰かを守るため、自分の保身のため。ただそのことが今回のように大きな火に変わる事もみんな分かったと思う。そんな一芸人の言動を寄ってたかってさらに過去の彼の言動までほじくり返して非難する必要があるだろうか。

 政治家はもっとひどい嘘をつく。国民の年金は消えた。私たちはもっと声を出すべき事柄があると思う。

親として生きる

 親になって15年が過ぎた。果たして、私は親の役割を果たせているのだろうか?以前、子供の事である人に

「こんなに子供の事で悩むと思わなかった」と言ったところ、その人は

「子供は親の事で悩んでるかもよ」と返ってきた。

 正しく、逆も真なりだ。そう、親の自分が揺らぐから子供も揺らぐのかもしれない。我が子は可愛い。でもその分、上手くいかないと感情的になってしまう。子供は親の写し鏡と言うが、本当にそうだと思う。そう思って子供を見ると、自分が写し出されているのだろう。結果、かなり落ち込む。

 親であると言う事は、自分の思い通りにいかない事の連続であると分かっているのに、どこかで勝手に子供が自分の理想通りに育ってくれと願ったりする。正しく自分勝手の極みだ。

 ただただ、幸せになって欲しいと思う。

 

 最近、子供の虐待死で親の刑罰がとてつもなく軽いと思うのは私だけなのか?親としての生き方を教育する必要がある気がする。考えると、親の姿勢を学ぶ事はいったいどこで教えてくれるのだろう。教育の必要性を感じる。私も教わりたい。

 子供を虐待し、死に至らしめても死刑には決してならない。それどころか下手すると10年もせずに刑が終わる。その根底には、親が子供を殺すのはかなりの理由があるからだとの裁量があるのだろうが、もう時代は違う。親はいつでも子供を殺す。邪魔だし、思い通りにならないから。

芸人より教師や児相を何とかして!保身の罪

 ジャニー喜多川氏の逝去に伴い、闇営業問題も隅に追いやられようとしている。当該芸人はかなりのダメージを受けたと思う。

 そもそも、闇営業は吉本の場合暗黙の了解事であったようだし、もちろん反社会的勢力のパーティーだと初めから知っていたとは思えない。途中会場で気付いたとしてもやはり抜け出すことは難しいと思う。最初にお金を貰っていないと言った後で、本当は報酬を受けていたことを明かした事で、騒ぎが大きくなったと思う。ノーギャラだったら何とか乗り切れると思ったのだろう。要するに保身だ。ただ、当該芸人は貰ったギャラの相当倍の不利益を負った。金銭、信用、そして将来。

 確かにテレビに出る立場の人間なので影響力も大きいし、詐欺グループの被害にあって失意の方々も大勢いると思う。にしても、もう十分だと思う。

 私が思うのは、保身で言えば、いつもいつも、いじめで自殺者が出た時に教師は、いじめはなかったとか正しい指導をしたとか、自分たちの保身のために物事を捻じ曲げてしまう姿勢。虐待死した子供の事案で、虐待の認識がなかったとか、土日で対応が難しかったなど保身で精いっぱいの児相。教師や児相の対応のまずさで死人が出ていても、いつも真実を公表せず保身、保身の一手であることの方がもっともっと大きく取り扱われるべきだと思う。

 保身の発言ではなく、真実の公表。そのことが結局被害者の方々は納得できると思う。

 教師や児相は自分たちの保身の罪に真摯に向き合って欲しい。

デパートで服を買う人って・・・。

 我が家はダブルインカムワンキッドです。つまり共稼ぎの子供が1人。経済的には余裕が若干あると言える。そうは言っても現在私が休職中のため、傷病手当金の受給はあるがボーナスはないため経済面をタイト化している。

 少し前、金融機関に勤務していた頃の同期と久々に会った。彼女の夫は転勤族の公務員で彼女はパートタイマーで働いている。息子2人は国立大で長男は今年卒業し就職した。私が、子供の入学式に着る服がなかったので、結局もともと持っていたGUの白いボータイブラウスにしまむらで値下がりしてたグレーの1300円ほどのスカートを買い、合わせて行った事、卒業式は黒でも構わないと思い、身内に亡くなりそうな人がいた時に間に合わせにAmazonで買った2980円の黒のジョーゼットのワンピースにもともと持っていたグレーのジャケットを合わせて着て行ったと話した。すると彼女は、

「ああ、私の喪服もしまむらで買った。私は子供2人とも幼稚園から大学まで入学式と卒業式は全部同じ服だよ」と言った。私も太る前までは、子供の保育園の卒園から中学入学までは同じスーツで間に合ったが、なんせ15㎏も太ると、さすがに無理だった。ただ、この会話で思ったのが、2人とも金融機関に勤めていた頃、服はブラウス1枚、パンツ1枚が1万円以上するのが当たり前だった。それが今ではしまむらご用達。別にしまむらを批判しているわけではない。

ゴールデンウィークにGU行ってさ、特に欲しいものもなかったので子供のスゥエットの上下980円のだけ買ってさ。思ったけど、最近GUとかしまむらで服買ってて、うちみたいに共稼ぎでまあまあの余裕ある方でもこんなのなのに、デパートで服買う人ってどういう人なの?と思う」と言うと、彼女も

「わかる~。デパートなんてほんと見るだけ」との返答。

 

 それから1カ月後、高校時代の同級生と3人で会った時にも同じ話をすると、2人とも

「ホント、買わない。そして今の子なんてしまむらの服でも平気だものね。私たち若い頃は安い服着てるのって恥ずかしかったよね」と。

 同級生の1人は銀行、もう1人は信販会社勤務で勤務地はデパートの中だった。そんな私たちも今やデパートで服を買った記憶が思い出せないほど遠い記憶となった。

 

 昨日、5つ年上の従妹が突然近くに来たのでと尋ねてきた。近況報告の中、従妹もまた経済的に今はきちきちであるが以前はそれなりの生活をしていた。私も話の流れで同じ話をすると、

「本当に、誰も買わないからデパート潰れるんだろうね。昔はデパートで買ってたのにね」としみじみ。

 デパートで服を買いたいわけではないが、子供の頃今ほど裕福ではなかったのに、年に数回は家族でデパートで買い物やデパートのレストランでお子様ランチとパフェを食べる機会があったのを思い出すと、何か今の方が楽しみもなく消費も冷え込んでる気がしてならない。だって、2000万円貯めなきゃならないんだから。

時代に左右されない美人とは?

 美人の基準は時代によって多少の変化があると言える。またそれぞれの好みもあり、ナチュラル美人の蒼井優さん、幸薄そうな木村多江さん、平成美人の北川景子さん、派手顔の松下奈緒さんなど皆さんお綺麗だが、それぞれ個性が違うため誰が一番綺麗とは言えない。

 ずっと以前の昭和初期の美人女優さんなら、原節子さんだ有名だが、私は写真などで見る限りパーツの大きい日本人離れした顔立ちで、美人なんだろうが・・・、とうい印象だった。その後の岸恵子さん、小悪魔的な加賀まりこさん、妙な厚化粧の浅丘ルリ子さん、ちょっと勝気そうな大原麗子さん、それぞれにお綺麗でした。

 私が今まで見てきた女優さんで時代だなぁと感じたのは、すい星のごとく現れNHKの朝ドラのヒロインに抜擢され、かなりフューチャーされた沢口靖子さん、正直なぜそんなに騒ぐ?と思った方だった。勿論綺麗なんだろうが、何かピンとこなかった。今は女優さとして好きです。科捜研の女見てます。あと、バブルの頃特に男性が可愛いと騒いでいた今井美樹さん。彼女はよく女性から『ただ口のでかい女じゃないの!』と言われたりしていたが、あのバブルの時代にはああいう開けた顔が受けたのかもしれない。あと、広末涼子さん。正直ホント理解できなかった。どこが?と思ってしまった。作られた清純派イメージと現実の違いに苦しんだ時期を経て、今は唯一無二な女優さんだと思えるようになった。

 その時代の求める顔によって、美人は若干左右される。また昔から男性は、美人よりかわいいタイプの方が好きとする傾向もあったと思う。そういう意味では美人とはちょっと違うかもしれないが、可愛かずみさんなんかも人気が高かったと思う。あと根強い人気の小泉今日子さん、年をとってもかわいい永作博美さん、最近の流行り顔の石原さとみさんとか。

 ただ一人、私の中でどの時代に生きていたとしても流行りに左右されない、誰もが美人だと認める女優さんがいる。夏目雅子さんだ。この話を知り合いにした時にその人は、机をポンと叩いて『はい、正解』と言った。

癌の診断を受けて最初にすること

 癌と診断されることは、人生において最も衝撃的な出来事の一つと言えます。ステージや病状が深刻ならばことさらです。実際私も癌の診断を受けた一人ですが、比較的早期であったものの、漿液性腺癌で予後不良が特徴の5年生存率が50%以下の種類の癌でした。子供がまだ中学生でとにかくしっかりしていない我が子を置いて逝かなければならないことに頭がいっぱいでした。

 せめて3年、子供が高校卒業するまでは何とか生きて、お弁当を作ったりしてあげたいと思いました。人前で泣いたことはなかったと思います。ただもの凄く覚えているのは、子供と二人で家電量販店へ行きレジ待ちしている時、ふと『ああ、このお店の風景もあと少ししたら見ることが出来なくなるんだ』と考え、死への妙なリアル感を肌に感じたのを覚えています。

 癌宣告から3週間後に手術、その後は3~4週間置きに入院し抗癌剤治療を6クール。仕事は休んでいましたが、正直社会から隔絶されているようで孤独でした。そんな私があと5年以内に死んでしまうなら何をすべきか?と考えた時、思いついたのはエンディングノートをつけることでした。エンディングノートを取り寄せてみましたが、それだけでは物足りなく、結局はエンディングノートプランナーの資格を取ってみました。

 エンディングノートは死ぬために、例えば自分の延命治療はこうして欲しいとか、お葬式はこうして欲しい、遺品の整理や家族や友人への感謝の言葉を綴ると考えがちですが、実際のエンディングノートには多くの項目があり、なるほどこんなことも書いておいた方が残された家族にはありがたいと思えるような情報であったり、自分史的な自分の過去をまとめて見つめなおしたりと、多岐に渡ります。そして、書きたい項目だけ選んで書けばいいのです。

 結局、私はまだ書いてはいません。エンディングノートの勉強をしてプランナーの資格を取ったところで中座してます。ただ、エンディングノートを勉強したことで、まずするべきことは何か?という優先順位は明確になると言えます。

 それまで家計を一手に私が管理していましたが、突然私が亡くなったら、夫は通帳や印鑑の場所、家に今現在どれほどの預貯金があるのか、など全くわからないことは大変だと気付き、預金額や我が家の一カ月の生活費がどのくらいかかるのか、それぞれの保険は?など残された人が困らないように整理しました。携帯電話の契約内容や、パソコンのアカウントやパスワードなど、自分が死んだ後で処分して欲しいことも後でわかるようにしておく必要も感じました。これは、癌患者だけでなく事故に巻き込まれる場合も誰しもあるので、ある程度整理しておくことは大切かも知れません。

 もう少しで手術から1年になります。現段階では再発・転移は今のところないため普通の生活はしていますが、仕事は退職するつもりです。結局、疲れやすいのでフルタイムでの仕事が難しいからなんですが・・・。経済的には厳しいです。パートなら出来そうですが、家族にこれまでのように主婦としてのサービスを提供しながら以前と同じだけの仕事をこなす自信はないです。

 私の父は肺癌の診断を受けて3か月後に亡くなりました。そう考えると、私はまだ生きている、もう少し生きれる、そのことに感謝の状況です。そう少し生きれると思うからエンディングノートを書かないのだと思う。いつか定期受診で再発や転移を言われた時、再びエンディングノートをめくるのかも知れない。

久々にイマゴロスマップ

 2年ほど前スマップの事でブログを始めた。あの頃はまだスマップの再結成をちょっとマジに信じていた。今は気付いている。もう無いと。まあ、メンバーが80歳くらいになったらあるかも知れないけど。

 今日久々にスマップの事を書いてみようと思った。ジャニー喜多川社長の入院に伴って色々な噂が飛び交っているのを見てふと思い立った。タッキーが実質ジャニーさんの後継者でこの先実権を握るようであれば、中居君は追い出されかねないと言う噂。真意のほどは分からないが、私もなぜ中居君がジャニーズ事務所に残ったのかは謎だった。結局、自分の今後の芸能界を生き抜くために決断したのだと思う。まあ、裏切りだよね、キムタクと一緒。

 人として正しく生きる事と、仕事での成功はイコールではないと言う事だが・・・。私は吾郎ちゃんが好きだ。そして、新しい地図の3人のCMを見て思った。馬鹿正直な3人はCM以外での地上波はあまり見られなくなった。でも、特に香取慎吾ちゃんを見て私が勝手に思う。彼は賢い人だ。そして非常にナイーブだ。そんな彼は育ての親である飯島マネージャーへのキムタクの裏切りが許せなく、結局独立騒動の後の中居君の裏切りにも失望と諦めの気持ちを持ったと思う。芸能界を引退してもおかしくないと思える。だが、彼は今も芸能界で生きている。

 3人での仕事。それは、絶対裏切らない3人と飯島マネージャーだから出来るのだと。慎吾ちゃんの表情からは、吾郎ちゃんとつよぽんいれば大丈夫だよ、って言う声聞こえてくるような気がする。

 ロトシックスのCMでポーズを決めても、ほかの2人に比べピタっと止まっていられずぐらついてる吾郎ちゃんを見て、ああやっぱり吾郎ちゃんだと思う。