ゴロチマニア 

日比日向多が勝手に稲垣吾郎さんを語ってます

稲垣吾郎ドラマ アザーセンス 霊感心理カウンセラー 六条伍銅⑪

 あの日・・、事件の日の事をカナは思い出していた。真奈の手を握り外階段を昇った。この場所から二人でやり直したいとカナは思っていた。真奈がカナに言った。

「ママ、ここは?」

「う~ん、もしかしたらね、ここにお引越しするかもしれないの」

「お引越し?真奈とママと、お兄ちゃんも?」

 真奈の言葉にカナはドキッとした。お兄ちゃんとは吉井貫の事だ。

「ううん、真奈とママだけ。お兄ちゃんは来ないの。ねえ真奈、この話はお兄ちゃんには絶対言っちゃダメだからね」

「そうなの・・。ママはお兄ちゃんと一緒が良いでしょ?」

「ううん、ママは真奈が居ればいいの」

「あのね、ママ。真奈は大丈夫だよ」

 真奈はそう言うとカナの手を強く握った。その小さな手をカナは愛おしく思った。4歳の子供が、全く駄目な母親である自分を気遣ってくれていることが、苦しいほど分かった。4階の踊り場に三輪車が置いてあった。カナはこれからの事をぼんやりと考えていると、その間に真奈は三輪車を足台にして、手すりによじ登っていた。カナが気づいた時、真奈は手すりにまたがっていた。危ないと思った瞬間真奈が言った。

「ママ、見て。お空を飛べるよ」

 真奈をつかもうと手を伸ばしたが一瞬遅く真奈が落ちて行った。後何センチだろうか、ほんの一瞬の出来事だった。スローモーションのように転落していく真奈。

 

 カナは法廷で号泣した。声を出して泣いた。氾濫した川の様に涙があふれ出て、留まるところを知らぬように泣き続けた。しばらく誰もカナに声をかけることが出来なかった。

 どのくらいの時間が経ったろうか、カナがひとしきり泣いた後、伍銅が話し始めた。

「カナさん、今思い出す真奈さんはどんな顔をしていますか?」

 伍銅の質問にカナはかすれた声で答えた。

「思い出せないんです。ぼんやりしていて、真奈が死んでから真奈の顔がはっきりと思い出せないんです。泣いているのかもしれません。落ちて行く真奈のシルエットははっきり覚えているのに、顔だけが不思議と思い出せないんです」

「カナさん、辛いでしょうね。でもあなたはある意味被害者でした。聡明なあなたが、もし一般的な家庭に産まれ育ったなら、今とは全く違う人生だったでしょう。しかし子供は親を選べない。あなたは自分の運命を呪いながらも真奈さんを産んだ。自分と同じ思いをさせないようにと、必死に愛情を注いだ。あなたは愛情に枯渇していた。だから真奈さんに愛情を注ぐことで、自分の枯渇している心を満たしていたんです。でもそんな大切な娘に結果辛い思いをさせてしまった。自分はあの母親と同じなのだと思った時、あなたの体は絶望感に襲われたでしょう。負の連鎖から抜け出せないんだと。自分の様な人間は、母親になる資格は無いのだと。でもね、カナさん。真奈さんはあなたの娘に産まれた事、あなたからあふれんばかりの愛情を注がれたこと、十分に分かってますよ。あなたは全てを封印して刑に服しようとしているようですが、それではあなたと真奈さんが産まれて来た意味が失われてしまう。もっと自分を大事にして下さい。真奈さんを心の限り愛したことに自信を持って下さい。子供は親を選べないと言いましたが、もしもう一度この世に産まれ落ちる事が出来るなら、真奈さんはきっとまたカナさんを母親に選ぶと思いますよ」

「真奈に会いたい・・・」

 カナは絞り出すように言うと再び泣き出した。しかし今度の涙は静かに降る雨の様に染み渡るような涙だった。

「裁判長、今回の事故に殺意はなかったと僕は思います。その事が証明できるかどうかは別ですが、カナさん自身は刑が軽くなることを望んではいないでしょう。ですが、不幸で劣悪な環境に産まれ育ったカナさんに、どれ程の生きていく選択肢があったでしょうか。それでも懸命に娘を愛し育て、そして傷つけた。これほど悲しい女性がいるでしょうか?世間が作り上げた、若い男に夢中になって、4歳の我が子を転落させて殺害した女では無い事をどうぞ分かって下さい」

 しばらくカナの押し殺したような泣き声が法廷内に響いていた。時を見計らったように裁判長が口を開いた。

「殺意の有無、吉井氏によって撮影されたとする被害者の画像の信憑性など、再度証明・審理する必要があります。今日はこれで終了とします。最後に、被告人へ一言添えたいと思います。あなたには黙秘権があります。自分に不利になる証言はしなくても良い権利です。ですが、やはり正直にすべてを話されたほうが良いかと思います」

「はい」

 裁判長の言葉にカナは素直に返事をした。

 

 後日、カナは業務上過失致死罪で5年が求刑された。達也がその事を伝えに僕の所にやってきた。

「伍銅ちゃん、ありがとう。やっぱお前に頼んで良かったよ」

 達也が僕の事をちゃん付けで呼ぶ時は、何か企んでいるか照れている時だが・・・、僕は達也の顔を見て、ははあん、照れてるのか・・。と気づいた。

「今日は俺の礼とは別に、中野カナの言葉を伝えに来たんだ」

「そうなんだ・・、で?どんな言葉かな?」

「出来る限り正確に伝えるよと言っても難しいから、預かった手紙を渡すよ、読んでみて」

 達也は白い封筒を僕に手渡した。

 六条 伍銅様

 まずは、今回は本当にありがとうございました。自分の存在、真奈を自分の子供として産んでしまったこと、全てを否定し恨み、苦しみ、もがいていました。いえ、もうもがくことさえ諦めていたのかもしれません。ただ、ひっそりいなくなってしまいたい、消えてしまいたいと思ってました。それが、先日六条さんに、真奈は又産まれるなら、私を母親に選ぶと言われて、心から真奈に申し訳ない気持ちと、でもそれ以上に愛おしさと喜びでいっぱいになりました。不思議なんですが、今は真奈の顔を思い出せるんです。その顔が笑ってるんです。私もう一度大学受験を目指してみようと思います。そして、いつか劣悪な環境に置かれている子供や母親のために、何か出来ないかと考えてます。私のような、真奈のような子供を救いたいです。それが出来たなら、私と真奈がこの世に産まれた意義があると信じています。

 六条先生、どうぞお元気で。

                          中野 カナ

 

 手紙を読み終えた僕を達也は満足そうに見つめた。この先、中野カナが立ち直ってくれることを僕は祈った。これが僕の初めての事件だった。