ゴロチマニア 

日比日向多が勝手に稲垣吾郎さんを語ってます

イマゴロスマップ⑲

 いわゆるジャニーズタレントが、子供のころからあまり好きではない。軟弱な感じと子供っぽさ、年齢が高くなるとちょっと気味悪い感じの若作りになるのが苦手だ。

 子供の頃は、女の子のアイドルの方が好きだった。ピンクレディーは、ほとんどの曲が踊れるし、当時まだ高校生だった桜田淳子山口百恵は、子供の私にはすでに大人の女性に見えていた。中森明菜だって大人びた少女と言う感じだった。そのためか、女性アイドルと同じ年のジャニーズタレントが幼く見えて、憧れなかったと思う。光GENJIのG短パン(後のスマスマでコントとしていじられていたが)は、ぎょっとするほど気持ち悪かった。10代後半の光の二人が超短いG短パン姿や、諸星の理解不能な羽根つきの頭にうすら寒さを覚えた。だって、自分の高校生時代、短パン履いてる男子なんて見たことなかったし、居たとしたら周囲の人が離れて、その人の半径2メートル周辺は空間になると思うほどに、奇妙だった。全く私個人の感想で、あの10代の男子がこぞってTVの中で素肌にG短パン姿で、颯爽とローラースケートで歌い踊る姿に、発狂しそうなほどときめいた人たちが、当時大勢いたのは理解している。ただ、私の食指が動かなかっただけなのだ。後に諸星本人が暴露していたが、あのG短パンを履いて超絶笑顔で歌っていた頃、何人もの女性と少しの時間を惜しんで頑張っていたと。することはしてたのか・・・。

 若い頃は織田裕二が好きだった。あと、顔が好きなのは竹野内豊。今の俳優さんだと、中村倫也田中圭が好きだ。そんな私がスマップ特別扱いはどこから?それは1988年にさかのぼる。

 1988年、私が大学に入学した年にある雑誌の1ページにスマップが紹介されていた。ジャニーズから新しいグループが誕生したとかで、最年少は小学5年生と紹介されていたと思う。この時は、光GENJIの様なアイドルグループだと思っていたし、興味もなかった。当時教師ビンビン物語などで、トシちゃんが大人のアイドルとして、まだ芸能界で活躍していた。私はこの頃、トシちゃんはそれまでの男性アイドルと違って、子供から大人に変貌し、ドラマで主役をこなし、その主題歌を歌ってヒットさせる、新しいパターンだと思っていた。トークもそこそこ面白かったし・・・、ただ独立した後はっきりと干されてしばらく暗黒の世界に行ってしまった・・・。

 そして1991年のレコード大賞の新人賞がスマップで驚いた。なぜなら、私はすでに88年にデビューしていたと思っていたからだ。今なら、ジャニーズはCDデビュー前にグループを組むシステムを知っているが、当時はそんなシステムを知らなかったので、すでにデビューしていたと思っていたのに新人賞を取ったことに驚いたが、そのここと同時にちっとも売れてる感が無かったので、新人賞・紅白の流れにも驚いた。当時学生だった私は、ほとんどテレビを見ていなかったのもあったが、余りにも曲も聞いたことなかったし、メディア露出もなかった。唯一吾郎ちゃんだけが、単独でドラマや映画に出ていたと思う。だから稲垣吾郎は知っていた。当時は素直に吾郎ちゃんの顔が好きだった。ファンと言うまでではなかったが・・・。そんなパッとしないグループに心を寄せるようになったのは、夢もりで何やらスポーツやらコントやらしてて、あらちょっと面白いな~と思っていた。その後、ドラマあすなろ白書を見て、周囲の人が「ああ~、私は取手君!」と言う人が続出。私も、あれ?この取手君、眼鏡外したらめっちゃカッコいいんじゃない?と思っていた。そしてドラマも終盤の頃、取手君がスマップの一員だと知った。その後でキムタクが確かオロナミンCのCMに出て、その時は確実にカッコよかった。その後スマスマが始まり、あとはスター街道驀進していった。

 最初は、コントもちょっと見栄えのする子が少し面白い事をしてる程度だったかも知れないが、年々彼らの笑いの技術は上がり、普通に見ていて面白かったし、笑えた。この笑えるって言うのが大事なのかも。だから、私の中では、好きなアイドルではなく好きなタレントの感覚だと思う。ダウンタウンが好き、ウンナンが好きって言うのと同じ。カッコいいだけなら飽きるし、どうしても賞味期限が短くなってしまうが、面白いのは、ずっと面白くいる努力と結果が付いて来ると、賞味期限が長くなる。私にとってスマップは面白いから、特別扱いなんだと思う。