カウンセリングのビタミンC

生きると言う格闘技に一休みを。

何回も見てるDVD「赤い指」

 東野圭吾さん原作の「赤い指」東野圭吾さんは、一時はトリックを重視した推理作品を書いていましたが、ある時から、事件には大きなトリックは無く、その背景にある人の心の機微を描きだすようになり、人気作家になったと聞きます。新参者シリーズは、テレビドラマや映画化もされています。『祈りの幕が下りる時』は、映画館で見ました。そのシリーズの一つ「赤い指」を昨日レンタルした。今月末日期限の無料レンタルクーポンがあったからだ。

 このDVDは多分、5回くらいレンタルしている。旧作は1週間レンタルなので、その間10回は見る。何度見ても悲しいし、切ない。人は嘘をつく。大切な人を守るため。しかし、そのことで本当に大切なことを見失ってしまう。

 「赤い指」は、中学生の男児が小学生の女児を過って殺してしまう事件だが、それを隠蔽して、認知症の祖母の犯行にしようとする両親。この家族の金曜日から日曜日までを描いている。事件は金曜日に起き、遺体発見は翌日の土曜日。捜査が始まり、日曜日には解決する。両親による隠蔽工作は、多分警察には簡単にばれてしまうであろうと、見ていても思う。日本の警察は優秀だし、科学捜査も発達している。どこの家庭にも起こりうる事件だが、自分の家には起こらないと思っている。この事件を切っ掛けに、この家族は、親の在り方、家族の在り方、絆を考えるようになる。ボタンを掛け違えたようなバラバラの家族。その小さなひずみが大きな亀裂を生む。

 そう、人は知っている。いつでも誰の身にも起こると。事件に巻き込まれて命を落とすことも、子どもがいじめの標的になることも、それを苦にして自殺することも、逆にいじめの首謀者になることも、弱い者を傷つけることも、自然災害に巻き込まれることも、交通事故を起こすことも、ただ、自分じゃないと思っている。

 いつでも誰でも、加害者、被害者になる可能性がある。逆にいつでも誰でも、誰かの助けになれる。今日、誰かに手を差し伸べてみよう。わずかな募金でも、道ばたのごみを拾うでも、家族の話を聞いてあげるでも、何でもいい。