カウンセリングのビタミンC

生きると言う格闘技に一休みを。

子どもを見限る

 我が子を見限った。昨日は、余りに態度が悪く謝罪もないので、今回は見限った事を伝えた。勿論子どもは大切だし、最後まで見方ではある。ただ、今の状況では本人のためにならない。自分の誤りや、悪かった部分を素直に謝らない。自分でできない事を素直にお願いできない。してもらった事に素直にお礼を言えない。とてもじゃないが、このままでは社会でやっていけない。気持ちはあるようだが、言葉に素直に出せない。ならば、口先だけでもいい、心が伴っていなくても口先でも謝罪や感謝、「ごめんなさい」「お願いします」「ありがとう」を言えるようになって欲しい。

 

 何度も借金し、親に金の無心をする子どもの話はよく聞く。借金の理由は、多くはギャンブルだ。親も今回きりと言いながら、何度もお金を出す。この場合、最終手段は、本当に子どもの事を思うなら、一切手助けせず、子どもを見限り、縁を切るつもりで突き放すしかない。それで、事件を起こそうが、自殺しようが、もしそうなったらそれだけの人間だったと諦める、親としてはとても辛い決断だが、それ以外、親も子も助かるすべはない。

 

 我が子はまだ未成年だ。家から追い出すわけもなく、まだ保護者としての役割もある。ただ、今回は本気で私が怒って、見限ったと知らしめる必要がある。朝も起こさないし、弁当も用意しない。自分で起きて、JRに乗り遅れたら時間かかってでも歩くか、バスで学校へ行け。お小遣いがあるんだから、気軽に迎えを呼ばずに、タクシーに乗れ。コンビニで弁当を買って行け。自分で洗濯しろ。トイレは汚したら、自分で掃除しろ。どうしても出来ないなら、きちんとお願いしろ。

 退職金が入ったら、私は家を出ると宣言した。夫と二人で暮らしてみろと。誰も食事の支度はしないし、困った時に送り迎えもしてくれない。どれほど自分でする事が大変なのか気付けと。

 謝罪、依頼、感謝を相手に伝わるように言葉に出来れば、生きていけるはずだ。