カウンセリングのビタミンC

生きると言う格闘技に一休みを。

自由は好き勝手と違う

 昔から若者は暴走する。世の中に反発して、親に反抗して、馬鹿な事もする。周囲に踊らされて、羽目も外す。高校卒業したら酒も飲んだ。18歳の飲酒。別に誰も怒らなかったし、新入生も歓迎会で酒を勧められた。大学教員が同席している場でだ。男子は髪の毛も伸ばしたし、制服も改造した。時代が違えば、学生運動に明け暮れた人もいれば、本気で共産主義を目指す人もいた。だが、みんな気付いていた。卒業して大人になる時、髪の毛を切りそろえ、スーツを着て、もうバカ騒ぎは出来ないと。世の中の歯車の一つとなって、社会に貢献し国のために働き、家庭を持ち子どもを育てる人生になると。夢を追うのは若い時だけで、その夢を叶えられる人もほんの一握りでしかないとも。それが大人になる事だと知っていたような気がする。

 

 今はどうだろう?いつまでも大人にならず、自分たちの権利ばかりを主張する。好きな事をして、義務を果たさず、ゲームをして、政府からの自粛すら出来ない。人のお金は欲しがるが、自分が払う事はしたがらない。子供の面倒をみるのは面倒くさい。なぜなら自分自身が子どものままでいるから。

 

 今も自粛を受け入れず夜の街に繰り出す若者を検査して、無症状の感染者を病院のシーツ交換や検温、食事の配膳をしてもらったらいい。すでに感染しているので、マスクも手袋も防護服も必要ない。社会に貢献できる。だが、日本でそんな事は出来るはずもない。日本は民主主義の国で個人の自由と尊厳が守られているからだ。その自由をかさに、自粛要請を無視する若者。まあ、若くなくても守らない人は大勢いるが。そんな人たちは、この私たちが通常当たり前だと思っているこの自由は、当たり前に与えられたのではなく、先人たちの努力と犠牲に元に成り立っているのを再認識して欲しい。

 

 この日本が住みよい素晴らしい国であり続けるために、出来る事は接触しない。