カウンセリングのビタミンC

生きると言う格闘技に一休みを。

ちょっと怖い話 その③ 家族の箱

 吉田京子、79歳、現在一人暮らし。間もなく80歳になる。2歳年上の夫は8年前に他界した。肺癌だった。子どもは2人で長男、長女。

 

 長男の和也は53歳でバツイチ、現在独身。9年前に離婚した元妻との間に14歳の男の子と10歳の女の子がいる。親権は元妻が持ち、養育費は月々4万円支払っている。仕事は電気会社の営業課長だが、年収はずっと頭打ちの状態で400万円程度。賃貸のアパートの住んでおり、今は会社の30歳の子持ちバツイチの女性社員と付き合っているが、経済面や互いの子どものことを考えると、なかなか再婚には踏み切れないでいる。

 

 長女の美雪は49歳、独身で看護師。収入面は固いが、男運がなく、今は夢見る中年男に貢いでいる。29歳の時、付き合っていた自衛隊員と、結婚寸前までいったが、相手はギャンブル好きで300万円ほどの借金があるのが分かり、結婚するのをやめた。次に付き合ったのは、年下の研修医で食事や洗濯など、彼のマンションでかいがいしく世話していたが、研修期間が済むとあっさり捨てられた。現地妻扱いで、元々開業医の娘さんと付き合っており、二股をかけられていた。その後は付き合う男は殆ど美雪のお金目当ての、定職につかない男だ。まさにダメンズウォーカーだ。医者に二股かけられて捨てられたのがトラウマとなり、以降は自分が優位に立てる相手ばかり選ぶようになってしまったのだ。

 

 現在京子は、健康面で不安になっていた。預貯金は、夫が死亡した時は3千万円あったが、和也が養育費を滞納してその分を無心してきたり、時折顔を出す孫に小遣いを渡したり、和也の元妻から、孫の塾の費用を相談され用立てたりした。美雪は、生活に余裕があるはずだが、京子が和也に、何かと金銭面での援助をしているのが、気に食わないようで、そのことを持ち出し、ブランド物のバッグや交際相手の楽器などの支払いを京子にねだってくる。結局は京子が出す羽目になる。亡くなった夫は公務員だったので、遺族年金を京子は受給しており、生活は贅沢しなければ何とかやりくりできるが、もし病気になって入院などすれば、いやその前に階段で転んで骨折などして動けなくなったら、誰かに発見された頃には、白骨化しているかも知れない。年々足腰も弱っている。そろそろ一人暮らしに終止符を打とうと考えていた。

 そんなある日、京子の元に市役所から職員がやって来た。

ユリ「初めまして。私新しく開設された部署で、独居対策課のコーディネーターの宮川ユリと申します。今日は吉田さんの家庭環境について、お話し聞かせてもらえますか?」

 ユリは40歳位の小柄な女性だった。媚びる様子でもなく、しっかりしていて、でも親しみやすい印象の人だった。一人暮らしの状況や、子どもたちのこと、不安に思っていることなどユリに話した。ユリは2週に1度訪問に来た。自分の子どもたちより、親身に話を聞いてくれるユリの訪問をいつしか京子も楽しみにするようになっていった。

 

 ある日、京子はユリに相談した。

京子「私もう年齢的に80歳になるので、そこを目途に今後を考えようと思っているの。どちらかの子と一緒に暮らそうかと思って。家も古くなってきてるので、500万円ほどなら工面できるので、リフォームしてって思うんだけど」

ユリ「どちらのお子さんも同居を断ったら、どうされますか?」

京子「ああ、そうね。なら施設でしょうか。でももう私の預金は1千万円を切ってます。年金だけで入れる施設はどうですか?」

ユリ「1年以上の待ちになると思います。あと、身体障害ですとか、認知症だとかの人が優先されますし、吉田さんだと少しお高いですが、高齢者住宅か少し自由度の高いグループホームが良いかと思いますが」

京子「はあ、そういう施設はおいくらぐらいかかるのですか?」

ユリ「そうですね。一概には言えませんが、入所時に2千万円払うタイプもありますし、入所時の支払いが無い分、毎月自分の持ち出しが20万円くらいの所もあります。そう言う所はスタッフが在中しており、サービスも充実してますね」

京子「はあ、20万も。年金で足りない分、ほぼ毎月10万円持ち出すと、5年も経てば破綻だわ」

ユリ「ご家族で良く話し合って、それでお決めになってください。言いたいことや、吉田さんの希望とか、今まで黙って箱にしまったものを解放するのが良いと思います」

京子「箱?」

ユリ「ええ、家族の箱です。パンドラの箱の様な。都合の悪いことや面倒な問題を解決せずに、とりあえず箱にしまっている、先送りしている事柄や、言えない本音などが詰まってる家族の箱です。もう開ける時期が来たかもしれません」

京子「家族の箱ねえ・・・」

 

 数日後。長男、長女が京子の家にやって来た。ユリも同席した。

和也「話って何?と言うか、この方は?」

ユリ「初めまして、市役所職員の宮川です。独居の方々の日々の状況を確認しております。私が吉田さんの担当でして」

美雪「ああ、母がお世話になっています。で、お母さんの話は?」

京子「もうお母さん80歳になるし、ここらであんたたちのどっちかと同居しようかと思って。家も古くなったからちょっとリフォームしてさ」

和也「リフォーム?いくらかかるの?誰が出すの?」

京子「まだ業者さんに聞いてないから。でも500万円くらいまでなら出そうかなと思って」

美雪「もったいない。お母さん、あと何年生きるの?我慢してこのまま住んでればいいじゃない」

京子「でも、ほらあんたたち、いっつもここに来たら古いとか、風が入るとか言うから」

美雪「あら、私は別に、このままでも。どうせ同居なんかしないし。お兄ちゃんでしょ。一緒に住むなら」

和也「はあ?なんでだよ。嫌だよ。大体、職場がここから通うとなると、今より30分くらい余計にかかるし、無理だよ」

美雪「いいじゃない、30分くらい。ご飯も作ってくれるし、洗濯もしてもらえるわよ」

和也「俺には彼女がいるの。今真剣に結婚考えてるのに、ばばあ付きなんて言ったら、絶対別れるって言われるよ」

京子「ちょっと、和也結婚するの?」

和也「まだ分かんないけど。でも母さんと同居したら結婚もなくなるかも知れないから、悪いけど俺は無理」

京子「じゃあ、美雪は?看護師さんだから心強いわ」

美雪「冗談じゃない。あたしの生活を、お母さんの介護に当てるつもり?あたしにだって彼氏がいるのよ」

和也「あの、ミュージシャン目指してるって言う、カラオケの店員か?」

美雪「いいでしょ。人の彼氏を悪く言わないでよ」

和也「あいついくら稼いでるんだよ?お前のヒモみたいなもんだろ」

美雪「なによ、馬鹿にして」

 長男、長女が、母である京子を明らかに邪魔だと言わんばかりにやりあってるのを見て、切なさいっぱいのまま京子が言った。

京子「2人ともやめて。どっちもお母さんと住む気がないなら、お母さん施設に行くから」

美雪「施設っていくらかかるの?年金だけでやりくり出来る所にしてよ」

ユリ「吉田さんが希望されている所ですと、年金だけでは難しく持ち出しが必要になります。ですので、お二人に援助をお願いするかも知れません」

美雪「冗談でしょ!なんで私たちがお母さんが施設に入るのにお金出すの?」

和也「俺も無理無理。養育費もあるし。もし再婚になったら、少し母さんに結婚資金出してもらうつもりだったのに」

美雪「お兄ちゃん。50歳過ぎて結婚資金親にせびるってちょっとおかしくない?」

和也「仕方ないだろ、不景気なんだから。お前は看護師だから給料いいもんな」

美雪「じゃあ、自分も看護師になれば良かったじゃない。だからって、お兄ちゃんばかりお金渡さないからね!」

京子「ちょっとやめなさい」

 京子が声を荒げた。和也も美雪も一瞬たじろいだ。ユリがゆっくり口を開いた。

ユリ「では、お二人とも、一緒には住まないし、金銭的な援助もしないと。それどころか、自分たちの方が金銭を要求すると」

京子「もう、お母さんには1千万円もないの。葬式代やこの家の後始末、永代供養の費用とか考えると、使えるお金はもう500万円だけ」

美雪「葬式なんてしなくていいじゃん。散骨してさ。永代供養もしないで」

和也「そうだよ母さん。この家売っちまって、母さんは安い施設入ってさ、出来るだけ今あるお金に手を付けないようにして、そして死んでくれたら」

京子「わあ」

 京子が顔を手で覆って泣き出した。

美雪「お兄ちゃん、ひどいわ。大丈夫、お母さんの施設は私が探すわ。ねえお母さん、お金のかからない所探すから、そしたらお金の方は私が管理するから」

和也「お前、うまいこと言って、母さんの金取る気だろう」

美雪「なんですって!今までさんざんお金貰ってたくせに」

 2人のやり取りに憤慨した京子が言った。

京子「もう、帰って!あんたたちの気持ちはよくわかったわ」

 

 30分後。少し落ち着きを取り戻した京子にユリが声をかけた。

ユリ「吉田さん。家族の箱からは、自分勝手、傲慢、金銭欲、色々飛び出してしまいましたね」

京子「子どもなんて当てにならないわね。分かっていたけど、お金しか考えていないのね2人とも。私のことなんてどうでもいいのよ」

ユリ「吉田さん、パンドラの箱には最後に希望が残ってましたけど、吉田さんの家族の箱には・・・、ああこれが残ってたみたいです」

 予期しなかったユリの言葉に、京子は少し驚いた。

京子「えっ、何が残ったんですか?」

ユリ「・・・残ったのは、孤独でした」

 

[http:// :title]